相続放棄の基礎知識と手続き方法
2025/04/29
相続放棄(そうぞくほうき)とは、簡単に言うと「遺産を受け取らず、借金などの負担も一切引き継がない」手続きのことです。人が亡くなると、その配偶者や子などの相続人は通常、亡くなった方(被相続人)の財産や負債をすべて受け継ぐことになります。しかし相続放棄の手続きを家庭裁判所で行い受理されれば、プラスの財産も含めて遺産を全て放棄する代わりに、借金を肩代わりする必要がなくなります。つまり相続放棄をすると初めから相続人ではなかったとみなされ、特定の相続について権利や義務を一切引き継がない状態になるのです。
本記事では、相続放棄について初心者にもわかりやすく、その理由や手続きの流れ、注意点など基礎的な事項を解説します。不安に感じている方や「相続放棄」という言葉自体を初めて知った方でも理解できるよう、できるだけ専門用語を避けて説明します。また、信頼できる公的機関の情報をもとにしていますので、安心して読み進めてください。
目次
相続放棄を選ぶ主な理由

相続放棄を検討する一番の理由は、被相続人に借金などの負債がある場合です。亡くなった方に多額の借金や未払いの債務があると、そのまま何も手続きしなければ相続人がその返済義務を負ってしまいます。しかし相続放棄をしておけば、そうした債務を引き継がずに済みます。特に「親の借金を払わなければいけないのだろうか?」と不安に思うケースでは、相続放棄によって借金から解放されることが大きなメリットになります。
また、負債がなくても遺産を受け継ぎたくない事情がある場合に相続放棄を選ぶこともあります。例えば、「遺産を巡る親族間のトラブルに巻き込まれたくない」「遠方で遺産(不動産)の管理が難しいので手放したい」などの理由です。相続放棄をすると、最初から相続人ではなかったことになるため、遺産分割協議(遺産の分け方を決める話し合い)にも参加せずに済みます。結果として煩わしい手続きや人間関係の問題を避けられる場合もあるのです。
要するに、相続によるプラスの利益よりもマイナスの負担のほうが大きいと判断したとき、人は相続放棄を選択する傾向があります。特に負債の心配がある場合は早めに相続財産の状況を調べ、必要に応じて相続放棄も視野に入れるとよいでしょう。

相続放棄の期限とタイミング
相続放棄には法律で決められた期限(期間制限)があります。民法では、相続人は自分に相続が開始したことを知ったときから 3か月以内に、相続放棄(または単純承認か限定承認のいずれか)をしなければならないと規定されています。この3か月の期間は「熟慮期間」などとも呼ばれ、相続人が遺産の内容(財産や負債)を調査し、相続するか放棄するかを慎重に判断するための猶予期間です。
3か月という期限は原則厳守です。もし何も手続きをせずに期限を過ぎてしまうと、その相続については自動的に遺産をすべて受け継ぐ「単純承認」をしたとみなされてしまいます。一度単純承認とみなされると、原則としてもう相続放棄はできなくなります。したがって、借金がある場合など相続放棄を検討する可能性が少しでもあるなら、まずは期限内に家庭裁判所で手続きを行うことが重要です。
では「遺産を調べたけれど3か月では判断しきれない」という場合はどうすればよいでしょうか。そのような場合には、家庭裁判所に期間延長(熟慮期間の伸長)を申し立てることが可能です。正当な理由があれば、家庭裁判所が認めて3か月の期限を延長してくれる制度です。ただし、この延長の申立て自体も相続開始を知ってから3か月以内に行う必要があります。延長が認められると追加で与えられた期間内に改めて相続放棄するかどうか決めることができます。例えば、被相続人の財産調査に時間がかかっている場合や、災害ややむを得ない事情で手続きできない場合にこの制度が利用されます。期限に間に合わないと感じたら、放置せず必ず期限内に延長申請を検討しましょう。
なお、「相続開始を知った時」から起算する3か月とは、自分が相続人になった事実を知った日からカウントします。例えば、ある相続人が先に相続放棄をしたことで次順位の自分が新たに相続人になった場合は、そのことを知った時から自分の3か月がスタートします(先順位者の相続放棄が受理された時から数える形になります)。このようにケースによって起算点は異なるため、不明な場合は専門家に確認すると安心です。
相続放棄の手続き方法

申述先(手続きをする裁判所)を確認
被相続人(亡くなった方)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で手続きを行います。亡くなった方がどこの住所にいたかによって担当の家庭裁判所が決まります。遠方であっても郵送で手続きすることは可能ですが、期限が迫っている場合は直接持参したほうが確実でしょう。

必要書類の準備
家庭裁判所に提出する書類として、まず所定の「相続放棄申述書」という申立書があります(各家庭裁判所や裁判所のウェブサイトで書式を入手できます)。申述書には、被相続人や相続人の氏名・続柄、相続放棄をする理由などを記入します。そのほかに添付書類として、典型的な例では以下のようなものが必要です。
・被相続人の住民票の除票または戸籍附票(亡くなった方の最後の住所を証明する書類)
・相続放棄をする人(申述人)の戸籍謄本
・(申述人が被相続人の配偶者である場合)被相続人の死亡の記載がある戸籍謄本や除籍謄本
これらは基本的な書類ですが、ケースにより追加の書類が求められることもあります。書類に不備があると手続きがスムーズに進まないため、事前に家庭裁判所に確認したり、裁判所ウェブサイトの案内をよく読んで準備しましょう。

手続き費用の用意
続放棄の申述には 収入印紙800円分(申述人1人につき)が必要です。これは手数料のようなもので、申述書に貼付します。また、裁判所との連絡用として郵便切手も所定の金額分を提出します。切手代は家庭裁判所ごとに異なる場合があるので、こちらも事前に確認しておきましょう。費用自体は高額ではなく、基本的には千円程度で済みます。
相続放棄申述受理通知書の受領
提出書類に問題がなく、要件が満たされていれば、家庭裁判所が相続放棄申述を受理します。受理されると、後日「相続放棄申述受理通知書」という書面が裁判所から発送されます。これが届けば、正式に相続放棄の手続きが完了したことになります。通知書は大切に保管してください。後述するように、債権者(亡くなった人の借金の貸主など)への説明時に、この受理通知書を提示する場面が生じることもあります。
以上が相続放棄の大まかな流れです。なお、相続開始前に相続放棄をすることはできない点に注意しましょう。例えば「まだ親は存命だが将来相続放棄したい」と考えていても、生前に届出を出すことは法律上認められていません。必ず被相続人が亡くなって相続が発生してから手続きを行うことになります。
相続放棄の効果とその後の対応

借金など債務の支払い義務からの解放
相続放棄が認められた相続人は、被相続人の借金を一切返済する必要がなくなります。金融機関や貸主から請求が来ても、「家庭裁判所で相続放棄が受理されています」と伝えれば基本的には支払い義務は追及されません。実際、裁判所も「債権者から請求が来たら、相続放棄が受理されたことを伝えると良いでしょう」と案内しています。万一請求が続く場合には、先ほどの相続放棄申述受理通知書を提示したり、弁護士などに相談したりするとよいでしょう。

遺産(プラスの財産)を受け取れなくなる
相続放棄をするとプラスの財産も含めて放棄することになります。例えば預貯金や不動産など、本来相続できたはずの財産も一切受け取れません。相続放棄は「いいとこ取り」ができる手続きではなく、財産も負債も丸ごと放棄する点に注意が必要です。後になって「やっぱり財産だけ欲しい」というのは通りませんので、迷う場合は慎重に検討しましょう。

他の相続人への影響
ある相続人が放棄すると、その人は初めからいなかったものとみなされて相続人の範囲が決まり直します。たとえば子が相続放棄すれば、その子は相続から完全に抜けます。その場合、次の順位の相続人(例えば亡くなった方に他に子がいればその子、子がいなければ直系尊属である親、親もいなければ兄弟姉妹...というように法定相続人の順位に沿って次の人)が新たに相続人になります。注意したいのは、法律上相続放棄をした人の子が代わりに相続人になること(代襲相続)はないという点です。相続放棄は最初から相続人でなかったとみなすため、その人の直系卑属(子や孫)は代わって相続する権利を持ちません。従って、相続放棄により本来の相続人全員がいなくなると、相続人の範囲は次の順位(例えば兄弟姉妹など)へと移ります。もし相続人が誰もいなくなる(全員が放棄した等)と、最終的には家庭裁判所が選任する相続財産管理人が遺産を管理し、清算を行った後、残余財産は国庫(国)に帰属することになります。

相続放棄後の管理義務
相続放棄をした人は、一見もう何の関係もなくなるように思えますが、一時的に遺産の管理義務を負う場合があります。民法940条により、放棄をした者は、その放棄によって新たに相続人となった者が遺産の管理を開始できるまでの間、自分の財産におけるのと同一の注意をもってその遺産を管理し続けなければならないと定められています。簡単に言えば、次の相続人や管理人が決まるまでの間、勝手に遺産を放置せず、持ち主がいない財産として損なわれないよう適切に管理しておく責任です。例えば、亡くなった方の家にある貴重品を安全に保管しておく、無人になった家屋の戸締りをしておく、といったことが挙げられます。新たな相続人や相続財産管理人が決まったら、その人に財産を引き継ぎます。これは法律上の責務ですが、常識の範囲で丁寧に対応しておけば問題ありません。

年金や保険金への影響
相続放棄をすると、亡くなった人から受け継ぐ遺産(財産・負債)はすべて放棄しますが、それ以外の受給権まで失うわけではありません。例えば、故人に生命保険がかけられており受取人が相続放棄をした人だった場合、その生命保険金は受取人自身の固有の権利であり相続財産ではないため、相続放棄しても受け取れます。また、故人に扶養されていた配偶者や子が受け取る遺族年金も、受給者固有の権利なので相続放棄の有無に関係なく請求できます。このように相続とは直接関係しない給付については放棄後も受け取れるものがありますので、混同しないようにしましょう(不安な場合は各窓口に確認してください)。
以上のように、相続放棄をすると借金の支払い義務が無くなる反面、財産も一切受け取れず、法律上は初めから相続人ではなかった扱いになります。一度受理されれば基本的に撤回(取り消し)はできませんので、効果や影響を理解したうえで慎重に判断することが大切です。
相続放棄に関する注意点

期限内に手続きすることが最優先
繰り返しになりますが、相続放棄は相続開始を知ってから3か月以内という期限があります。この期間を逃すと原則として放棄できなくなるため、まずは期限管理を徹底しましょう。遺産調査に時間がかかりそうな場合は家庭裁判所への期間伸長の申立てを忘れずに。期限までに申立てさえしておけば、その後通知書が届くまでに多少時間がかかっても大丈夫です。

家族全員で放棄する必要はないが、各自の判断と手続きが必要
相続放棄は相続人それぞれが独立して行う手続きです。例えば、兄弟姉妹が相続人の場合、一人が放棄しても他の人が自動的に放棄になるわけではありません。各自がそれぞれ家庭裁判所に申述しなければなりません。逆に、誰か一人だけ放棄して他の人は相続するという選択も可能です。自分が放棄しても他の相続人が遺産を相続すれば、遺産整理や債務の対応はその人たちに委ねられることになります。家族で話し合って方針を決めることも多いですが、最終的には各相続人の意思で個別に手続きする点を覚えておきましょう。

部分的な放棄はできない
「不動産だけ放棄して預金は相続したい」「借金だけ放棄して財産はもらいたい」という都合の良い部分放棄は認められていません。相続放棄はその相続に関する権利義務を全て放棄するか否かの手続きです。一度放棄が受理されると、その相続については全ての財産も負債も受け取れなくなります。中途半端な選択肢はないので注意してください。

限定承認という選択肢もある
あまり耳慣れないかもしれませんが、相続には限定承認(げんていしょうにん)という第三の選択肢もあります。限定承認とは、「相続によって得た財産の範囲内でのみ負債を返済する」という条件付きで相続を承認する方法です。簡単に言えば、遺産のプラスの範囲でマイナスを清算し、もしプラスが残れば相続し、マイナスが多ければ超過分の借金は払わなくてよい、というものです。被相続人の財産と負債のどちらが多いかわからない場合に検討される制度ですが、限定承認は相続人全員で共同して行う必要があるなど手続きが複雑です。実務上は利用件数が少なく、個人では判断しにくい面があります。そのため一般には、明らかに負債超過なら相続放棄、財産超過なら単純承認、不明だけれどリスクを避けたいならひとまず相続放棄──といった選択がなされることが多いようです。限定承認を検討する際は専門家の助言を求めると良いでしょう。
専門家への相談とサポート

相続放棄の手続き自体は自分でも行えますが、戸籍や書類の収集、家庭裁判所への申述書の記入など慣れない作業も多く、不安を感じる方もいるでしょう。また、期限が迫る中での対応や、家族内で誰が相続するかの調整など、精神的な負担もかかりがちです。そうしたときは専門家への相談も検討してください。
相続放棄に詳しい専門家としては、弁護士や司法書士、そして行政書士が挙げられます。弁護士は法律の専門家として幅広いサポートが可能で、必要に応じて債権者対応や他の相続人との調整なども依頼できます。司法書士や行政書士は主に書類作成や手続きの代理・代行が得意分野で、費用面では弁護士より抑えられることもあります。特に行政書士は戸籍収集や申述書作成の代行業務に対応している事務所も多く、手続き面で心強い味方となるでしょう。もちろん、名古屋市中区の「一樹行政書士事務所」でも相続放棄の手続きをサポートしています。お住まいの地域で実績のある専門家を探してみると安心です。